これはブログだ…と思いたい。

アクセスカウンタ

zoom RSS 岡田斗司夫のひとり夜話 (11/23)

<<   作成日時 : 2009/11/24 13:20   >>

トラックバック 2 / コメント 3

ちょっと前の話になってしまいますが、これには理由がありまして。

今回の「ひとり夜話」のまとめとして、

岡田さんは「みなさん今日のひとり夜話のことをブログに書きましょう!」という提案をしたんですよ。
自由参加で強制ではないということは当たり前なんですが、岡田さん「ブログに書いてくれる人には今日のレジュメを提供します」とまでおっしゃっているではありませんか!

まぁ、言われなくてもブロガーのわたくしとしては書かずにはいられない内容だったので書くんですけどw

その岡田さんのレジュメを受け取る(メールでですよモチロンw)に若干時間がかかったのと、今回のひとり夜話の内容があまりに難しい内容だったのとで更新が遅れたわけであります。

個人的な日記(ブログ)的な内容と合わせまして、自分なりに今回のひとり夜話の内容とそれに対しての感想をお伝えしようと思います。


前置き長いかな…



前回のロフトプラスワンでの「ひとり夜話」にも参加しました。
その時も大変よいお話が聞けたので今回も喜び勇んで家を出たわけです。

わたくしは横須賀市に住んでおります。
京浜急行で横浜まで出て、そこから湘南新宿ラインに乗り換えて新宿を目指していたわけです。

電車内でふと大変なことに気がついてしまったわけです。

「チケット忘れた!!!」

もう焦りましたね。早めに家を出たとはいえ、気がついた場所が大崎駅手前、時間が午後4時ごろ。
自宅の最寄り駅から新宿までは電車で1時間半ほど、大崎駅から引き返しすと新宿に着くのはほぼ7時ジャスト。

一刻の猶予も許されない状況です。

電車と言うのはせつない乗り物ですね。
どんなに焦っても速度は同じ、決められたダイヤを守って走るだけなのですから。
遅れることはあっても早く目的地に着くことはあり得ないのです。

計算では7時ジャストに新宿に着けるはずでしたが、実際は自宅の最寄り駅から家までの距離や、新宿駅からロフトプラスワンへ至る道のりなどのロスタイムで会場に着いたのは7時を大幅に回っていたと記憶しています。

岡田さんのお話をはじめの方聴き逃してしまったのです。

うぅぅぅぅ〜〜〜〜〜…無念。


会場に入ると今回もロフトプラスワンは超満員。
ステージ下手、ちょうど「サマーウォーズ」だったかのポスターの貼ってある辺りで聴くこととなりました。

プロジェクターには




シンガーソングライター

作詞

作曲

演奏




と書かれた紙が写っています。

これは、岡田さんがトークをするのはシンガーソングライターと似ているよ。という話だったんです。

シンガーソングライター志望のわたくしとしてはとてもテンションの上がる話だったわけです。




≪ひとり夜話トークその1≫
「トークをするってシンガーソングライターと同じなんだよ」

岡田さんはひとり夜話をやる中でいろいろな人から「そんな風に面白くしゃべるにはどうすればいいんですか?」とよく聞かれるんだそうです。

わたくしもお聞きしたい!
自分もライブではお客に向かっていろいろしゃべるタイプのシンガーなので「トークのテクニック」にも大いに興味がある!!!

「それにはこうすればいいんだよ!」という話の例えとしてシンガーソングライターが現れたわけなんですね。


<シンガーソングライターは「作詞」「作曲」「演奏」をする。>

「詞」とは理論であり、それぞれの言葉の持つ意味を組み合わせて「状況」や「状態」を説明する。
それはトークの「内容(何について、どんな視点で、どうゆう展開で、どうゆうオチをつけるのか)」を決める「下準備」なんだよと。

「曲」とは感情であり、リズム、メロディー、ハーモニーを使って「心の動き」を伝える。
それはトークにおいての「感情のカミングアウト(それでこう思ったんだよ!)」と上の「内容」を受けての「演者の感情の動きを表現する」ことなんだよと。

理路整然としているだけでは人の心は動かせないよ。と

表現する側がちょっと恥をかくぐらいじゃないと「面白く」ならないよ。と

そして、
それを人前で「演奏」するのがシンガーソングライターなんですね。
トークはそれを人に話すわけですね。
それは実際に行動に移す。ということですね。実際にやってみると「下準備」した様にしゃべれなかったり、「演者の感情の表現」に照れが出て上手に伝わらなかったりする。失敗がつきものなわけです。

このあたりは「場数を踏まないとなかなか上手くはならない」とおっしゃられていましたね。
実にその通りだと思います。

いい詞を書いて、いい曲を作っても、ライブで演奏するときに失敗があると思った様には伝わらないわけです。
しかも、失敗がなかったとしても「表現」としてお客に伝わるかどうかはやってみないとわからないわけです。

以上の「詞」「曲」「演奏」をトークで例えると「内容」「感情」「実演」という風に言えるわけですね。

「内容」は「論理」と岡田さんは解説してましたね。


ただ、個人的には詞の世界にも感情表現は現れるし、作曲には「音楽理論」と用いることも出来るので、「詞」と「論理」、「曲」を「感情」と真っ二つにわけてしまうのはちょっと乱暴な気もしましたね。
小説なんかも感情を出す文章なわけですし。

ただ、言語である詞を「理論」、芸術である曲を「感情」と分けることで頭の中での整理はしやすくなるかとは思いましたね。

それにこの話は「トーク術の解説としてのシンガーソングライターの例」なので音楽的な見地からツッコミを入れるのは無粋かもしれませんね。

このことはブログにも応用できるという所から「だからブログ書いてみようよ」の話にもつながってくるあたりは「下準備」の妙ですねw

「内容」を論理的に組み立て、「演者の感情を表現」し、いつくも記事を書いて「場数を踏む」←これが「面白いブログ」を書くコツだよと。


そして、この「理論」「感情」「実行」の3つは様々なものづくりにおいて行われていることだと。
漫画家は「物語やキャラや設定」を理論的に組み立て、「作者の想い」を入れて、「原稿を書く」。

この論法はさまざまなクリエイターの作業に応用がききそうですね。




のっけからすごい話だったわけですよ。
いやぁ〜前振りから聞けなかったのが残念だぁ…

ファーストオーダーで頼んだカシスオレンジを早々と飲み終えて顔を真っ赤にしながらこのあたりは聞いていたわけです。

前回のロフトプラスワンでのひとり夜話では、最初の話は確か「フカダ君の思い出」だったので(…あれ?「勝間さんと香山さんの話」だったかな?)いきなり「理屈民族モード全開」な岡田さんの話が聞けたので、「おっ、今回は全体的に濃そうだぞ」と思ってワクワクしておりました。

そして、次の話へ。




≪ひとり夜話トークその2≫
「恋愛経済学で新しい家族の形をつくろう?」

最近、30代半ばの女性に独身中年男性がお金をだまし取られたり、保険金目当て(?)で殺されたりする事件が相次いで起きました。

そこには「プラモの神様」と呼ばれた41歳男性も含まれていたそうです。

なぜ彼らは騙されてしまったのでしょうか?
だました女はいずれもそれほど美人でない、というかどちらかと言うとブ…

独身中年男性たちは結婚したがっている。
「俺、真面目だし、そこそこ金持ってるし、結婚して損はないと思うんだけどなぁ…」

しかし、女性に言わせれば「でも結婚は無理、だって介護が見えちゃうんだもん…」
そう、中年男はいくら金を持っていてもすぐに老人になってしまうのです。

そこで岡田さんの提案。

まずはこのデータを見て下さい。と岡田さんは「日本の男女の未婚率」「35歳以上の男性の数」「独身者の貯蓄率」などのデータを次々に出して以下のような数式を組み立てました。



   「モテない男」市場の豊かさ試算     岡田斗司夫調べ

「日本の35歳以上男性独身者の数」×「そのうち貯蓄のある割合」×「貯蓄額の中央値」=1兆1220億円

「モテない独身中年男性市場」は1兆1220億円!!!

そして、未婚女性(20歳〜24歳)は330万人。

一人あたり3400万円の市場!!!



まぁ、これを「多い!」ととるか「少ない!」ととるかは人それぞれでしょうが、独身中年男性はこれだけのお金をため込んで使うあてもないんです。

このお金が何らかの形で回れば、景気回復も夢じゃない???


岡田さんからの結論
「もうお金めあてでもいいんじゃない?」

不景気で女性の就職は氷河期を迎えているそうです。
学校を出た後、結婚でも就職でもなく、あと数年ブラブラするための逃げ込み先として「モテない中年男性」を選んでみてはいかがでしょう?

「モテない中年男性」もそれを受け入れて女の子を守る「ナイト(騎士)」になりませんか?

お金のある男性は何人もの女性を守ってもいいじゃないですか。
お金のある女性は若い男の子を守るのもいいですね(これはわたくし個人の意見w)

セックスがなくても一緒にいて心をいやしてくれる女の子を世話する「疑似父さん、疑似母さん」になるのもいいと思いますよw(例:森光子と少年隊ヒガシ)

年をとってしまった女性は「ばあや」として若い男の世話を焼いても…
近年、熟女もののAVやエロ小説はどんどんその数を増やしてきているらしいですよ〜

そうやっていろいろな形の男女の関係が生まれると…

そこには「ある一定のお金」で「契約」を結んだ「新しい疑似家族」が生まれる。

それは「夫婦別姓がどうだ」「同性愛者の結婚がどうだ」と言うよりも今の時代に考えられるべき「新しい家族の形」なのではないだろうか。

年内に「友達以上彼女(彼氏)以下」を作って楽しいクリスマスをすごそう!!!



というようなお話。

いやぁ、岡田さんらしい極端な理屈ショーが展開されましたね。
でも、時代はもうその地点まで来ているなぁとは思いましたね。

岡田さんは「若い女性よ!モテない中年男性に守ってもらえ!」と言っていましたが、個人的には「モテない独身女性たちよ!若い男を守れ!」とも言いたいですね。
夢を追いかけて苦労する若者を守るのもなかなか楽しいと思いますよw
まぁ、「他人に夢を託して応援するなんてバカじゃないの」と言う岡田さんには受け入れてもらえないかもしれませんがwww

あぁ〜誰かわたくしを守って〜〜〜〜!

おじさんでもいいから〜〜〜〜〜(危ない?w)


すでに「家族」という集合体は壊れ、意味をなさなくなり始めた昨今。

若者は就職するにも不景気で職がなく、就職できても初任給では生活もままならない。

離婚率は上昇の一途をたどって「金はあるけど愛のない生活」を送る独身貴族たち。

「お金のある中年よ。若者を守るナイトになれ!」の岡田さんの言葉は時代の変化を受けて新しい時代の家族像を模索する上ではよい参考になるのではないかと思ったりするんですけどねぇ。

まぁ、こうゆう「お金と愛」をはかりにかける様な議論は精神論になって泥沼化する可能性の大いにある論争なので、「やりたい人はやればいいし、やりたくなかったらやらなきゃいい。」という話なんですけどね。

自分はお互いが納得する形ならこうゆう人間関係が成立してもよいと思いますけどね。

こうゆう問題にはことさらに目くじらを立てる人もいらっしゃるのであまり公共の場で言うのは躊躇われる話題だなぁとは思いましたね。

自分はこうゆう話好きですけどねw


男性の市場価値を

 A:提供環境
 B:見た目
 C:コミュニケーション力
 D:ブランド

女性の市場価値を

 A:年齢
 B:見た目
 C:提供サービス
 D:ブランド

とそれぞれ4つのパラメーターで表す。ということを岡田さんはしていましたが、「岡田好きにはゲーマーが多いはず、ならRPGの様な例えはウケるだろう」という計算があったのかなぁと思いました。
実際、結構会場もウケてたみたいなので、すごいなぁと思いましたね。

客層をよんでネタを出してくるとは!と感心しました。

ただ、「岡田さんのお客さん≒岡田斗司夫」ではあると思うのでそこまで「狙って」なくとも出てきたネタなのかなぁという気もしましたけどね。


ここで休憩がはさまりました。

「サマーウォーズ」のポスターの前で窮屈そうに岡田さんの話を聞いていたお客らにスタッフの方が「2階の席もありますので」と声をかけてきた。
ステージ下手の階段を上るとそこには「ロフト」のようなスペースがあって、ソファーが置いてあるではないか!

「早く言ってよぉ〜〜〜」

早々に移動してステージに一番近いあたりに腰掛けて気がついた。
「ここからだと肉眼で岡田さんを確認できない!」

幸い目の前にはモニターが備え付けてあってプロジェクターの映像は観られる様にはなっているのだけれど、肉眼で岡田さんを確認するには、床から縦横約30センチ強くらいの小さな窓をのぞきこまなければいけなかった。

次の話はモニターでプロジェクターの映像を確認しつつ、小窓から岡田さんの様子をのぞき見ながらという慌ただしい状況で聞くこととなった。

しかも突然の尿意。

休憩中トイレ行ったのに〜〜〜〜

アルコールのせいでしょうか?


そう、次の岡田さんのお話を聞いている最中のわたくしは、
@「床から30センチほどの高さしかない小窓から岡田さんを除く無理な体勢」、
A「激しい尿意」、
B「@、Aで激しく集中力を削がれた状態でこの上なく複雑な岡田さんの理屈ショーを理解し、同時に楽しもうとする貧乏根性」
という3つの敵と戦いながら聴いていたわけです。




≪ひとり夜話トークその3≫
「人間とは何だろう?人間の生きる意味とはなんだろう?人間の幸せとはなんだろう?」

まずは前回のひとり夜話での岡田さんの気付きから。

「ぼく(岡田斗司夫)が『話手』で会場に来ているファンが『聴衆』という考え方は間違っているんだ」
「ここ(ひとり夜話)で聴いたネタをファン達は自分のブログで書いたり、友達に話したりして『話手』になる」

そして、岡田さんは「明日の広告/佐藤尚之」を読んでさらに開眼。

「作者=発信者というのは間違っている。読者や観客という概念はもう存在しない。君たちはパートナーだ」
「これからはみんなで岡田斗司夫をつくっていこう!」

「岡田斗司夫」すでに岡田さん一人のものではなく、岡田ファンたちみんなとの「共有財産」だ。
岡田斗司夫は言わば「日刊岡田斗司夫」という雑誌の編集長に過ぎず、ファンたちはその編集部のライターとなって一緒に「岡田斗司夫」をつくっていくのだ。

岡田斗司夫がライター達に提供できるものは、
・「あっ、これ面白い。ブログに書こう!」と思うネタ
・その記事によってカウンターが回るという実利
・一緒に「岡田斗司夫を作る」という楽しさ

この辺が「ブログを書こう」への伏線になっているわけですね。

「では、どうしてブログを書けと薦めるの?」

情報化社会の到来で巷には情報があふれ返っている。
そんなあふれ返る情報をただ吸収するだけでは身体に悪い。情報を自ら発信(アウトプット)する必要がある。

これは食べてばかりいると太って健康に悪い。運動して脂肪を燃焼させよう!という肉体の健康法と同じ。

これは自分で思ったこと、
「明日の広告」の中に『情報過多な時代がやってきて、皆情報をシャットアウトしてしまって広告を見てくれなくなった』という折の一節がある。
これは「情報のアウトプット量が少ない人が多いため、そんな人たちは情報インプット量の限界がきてしまい情報をシャットアウトしてしまう」ということにつながっているのではないだろうかと思った。
以上。

閑話休題

ここで話は少し変わって、
「動物は『孤独』を恐れず、個体でも生きていくことが出来るのに、人間は『孤独な死』『無意味な人生』=『孤独』を恐れるのはなぜだろう?」という問題提起。

岸田秀という心理学者は「人間は本能の壊れた動物である」と言った。
彼曰く、「人間は本能が壊れた代わりに文明を作った。文明がないと人間は本能だけではセックスも育児も個体維持も出来ない」



ここで岡田さんの仮説1
「文明は本能の替わりなのだろうか?」

岸田氏は「ヒト+文明=人間」と言った。

しかし、文明と本能が等価とは思えない、ヒトは文明(価値観)を守るために死ねるが、文明(価値観)はヒトのために死んではくれない。

「文明(価値観)>ヒト」

文明(価値観)の方がヒトよりも強い。

ヒトは言葉を得た瞬間「人間」になったのではないだろうか?
言葉をしゃべり、ヒトとヒトとの間に生じる「関係」こそが人間の本質なのではないだろうか?

ここで岡田さんはフラーという建築家の発見した「テンセグリティー構造」というものにヒントを得ます。

「テンセグリティー構造」↓
画像


「物質には中心がなく、周囲との関係しかない」

この模型は糸の張られた棒の組み合わさりで出来ていて、棒通しは接触していない。棒は他の棒に張られた糸に接触していて、お互いが押しあったり、引っ張り合ったりする力のみで形状を保っている。

物質を小さく割っていくと「分子→原子→原子核と電子→陽子・中性子→素粒子」と小さくなっていき、最終的には「スピン(力と関係)」だけが残る。

「物質には中心がなく、周囲との関係しかない」



人間も同じなのではないだろうか?

人間には中心がなく、周囲との間に生まれるのが「意識」

人間は他と自分という「意識」を持つ。それだけなのではないだろうか?

「人間の本質」「アイデンティティー」などというものはなかったのではないだろうか?

人間とはヒトという生物ではなく、ヒトという乗り物に乗った『ヒト意識』なのではないだろうか?
人間という生物ではなく、「情報」「状態」「関係」のみで構成された疑似生命体なのではないだろうか?


岡田さんの仮説2
「人間とは、文明=ヒト意識の集合ではないだろうか?」

岸田氏は「ヒト+文明=人間」と言ったが、

「人間=文明=構成しているヒト意識の集合」なのでは?

検証@「文明には個体維持本能がある」(生き続けようとする)

検証A「文明には繁殖本能がある」(増えようとする)

検証B「ヒト意識さえ生き残れば、ヒト(肉体)が滅んでも構わない。価値観が守られればヒト意識は死んでも構わない」

つまり「文明(価値観)>ヒト意識>ヒト(肉体)」

価値観や考え方自体が「文明」という名の生命体の個体であって、それはヒト意識の集合体である。
ヒト意識は物理的にはヒト(肉体)に寄生して行動を起こす。



岡田さんの仮説3
「ヒトは文明という生物の下部構造(メディア)ではないのか?」

ヒト(肉体)はヒト意識が寄生している乗り物(入れ物)に過ぎない。
なのでそこに本能はない。

本能を持つのは文明(価値観)

・戦争はまさに「文明VS文明」の生存競争。そのためにはヒト(肉体)の命は簡単に失われる。(生き残りたいという本能)
・価値観を守るためならヒトは死ねる。(「お国のため」と言って死んでいく兵隊。「子供のため」と言って過労死するまで働く親。「痩せてモテたい」と言って生命の危機に瀕するほどのダイエッドをする等)
・宗教の布教。(増えたいという本能)
・好きな音楽や本を他人に薦める(価値観の共有)(増えたいという本能)





そして、

ヒト(個々人)の幸せ。僕たちの幸せとはなんだろう?

僕たちの上部構造「価値観・文明」は僕たちの生きる意味そのものである。
しかし、ときに「価値観・文明」は僕たち個々人を脅かす。
生きる意味そのものであるはずの「価値観・文明」は決して僕たちの「幸せ」を保証してくれない。


「価値観・文明」が持つ本能が僕たち個々人に与える命令は以下の4つ。

@「受け取れ」…自分の中にない価値観・文明を収集する

A「考えろ」…収集した価値観・文明がどういったものか、自分の中にすでにある価値観・文明にとって有益かどうかを考える

B「マネしろ、アレンジしろ」…それをマネしたり、自己流のアレンジを加えたりして自分のモノにする

C「伝えろ」…それを他者に伝え、広めよ!


そして、ヒト意識のDNA(デオキシリボ核酸)は「アデニン、グアニン、シトシン、チミン」の4つの塩基であるのと同じように「軍人、王様、職人、学者」の4つ。

「軍人」…勝て!

「王様」…目立て!

↑攻撃↑
−−−−−−−
↓防御↓

「職人」…純化させろ!

「学者」…守れ!

ヒト意識の出す4つの命令でヒト(肉体)は動く。




ヒト意識である僕らも動物と同じように本能が満たされれば幸せなのさ〜

つまり「受け取り、考え、マネ(アレンジ)して、伝える」これが出来たら幸せ〜=生きる意味!


具体的には何をするの???
・元気で長生きして「受け取り、考え、マネ(アレンジ)して、伝える」をたくさんしよう!

・子供を作って自分の価値観を継承しよう!

・子供や他人が「マネしてくれること」=「よい行い」をしよう!

そしてそして、

ブログを書いて自分の価値観を世界中に発信しよう!!!




というのが3つ目の話。

面倒な話だった〜〜〜〜〜

頭の中ぐるぐる〜〜〜〜

しかし、しかしです。

かなり面倒な理屈を延々聴かされたわけなんですが、全然退屈じゃなかった!
「えっ、えっ、それでどうなるの?」とワクワクしながら岡田さんの話を聴いている自分がそこにはいました。

激しい尿意もどこへやらw

自分の中のヒト意識が「受け取れ!!!考えろ!!!」と大声で叫んでいるようでした。
「静かにして!岡田さんの話が聞こえないでしょ!」

そう、ヒト意識の命令は肉体の生理現象(尿意w)をいともたやすく凌駕するほどの影響力を我が身に与えたのです。

身を持って岡田さんの「ヒト意識論」を証明したわけですねw
実際、話が終わるころには下腹部に相当な痛みを覚えていました。その後トイレに駆け込んだら出る出る…
人体の神秘にも触れる一日だったわけですね。

個人的にこの最後の話は理屈論の到達点を見た様な気持ちで聴いていました。
これですべての事象が理屈で語れるのではないか!
理屈人間は自ら最大の武器を手にし、それを共有しようとしている!!!

わたくしの上部構造の「理屈人間文明」が喜んでいる姿が目に浮かぶようでした。

いや、まだまだ理屈は終わらない。

理屈は続くよ〜どもまでも〜〜〜♪

理屈人間が考えれば考えるほど新たなロジックは生まれ、それぞれが戦いあい淘汰されていく事によって強い理屈が生き残り、「理屈民族文明」を盤石なものとしてゆくのでしょう。

理屈民族たちよ!理屈をこねろっ!!!


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
ブログランキング
http://www.trackbackcenter.com/cgi-bin/receive.cgi

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
女性に優しい保険プラザ
女性に優しい保険プラザについての情報や注目のコンテンツを紹介しています。いろんな知識や情報を学べる、役立つ情報を目指しております。 ...続きを見る
女性保険情報ナビ
2009/11/25 23:35
女性におすすめの保険ガイド
女性におすすめの保険ガイドについての情報や注目のコンテンツを紹介しています。いろんな知識や情報を学べる、役立つ情報を目指しております。 ...続きを見る
女性保険情報ナビ
2009/11/26 02:55

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。
ブログにコメントを頂きましたC太郎と申します。

コメント頂いて本当に嬉しかったです。
岡田さんがおっしゃった、

情報を受け取る
考える
アレンジする
伝える
そしてブログやれ。

の意味が、翔太朗さんにコメントして頂いたお陰で
自分の中で歯車が噛み合いました。

一生懸命考えた私のブログを読んでこんなに
興味を持って返答して頂いた事が物凄く嬉しかったのです。




イベントの感想を読ませて頂いて
「あ〜・・・こうすれば良かったんだ!」
と、僕が説明する事を逃げ出したイベントの詳細について
勉強させて頂きました。

それだけではなく、あの複雑だった内容がスラスラと頭に入ってきました。
おかげさまでイベントの内容を復習する事が出来て嬉しかったです。

尿意と戦いながら苦しい姿勢で複雑極まる話を理解しようとする部分は、失礼ながら大笑いしてしまいました。

これから翔太朗さんの過去ログ読ませて頂きます。
私もアニメ大好きですので興味深深です。
といっても最近のはあまり観てないのですが・・・

私のブログは更新頻度遅いと思いますけど
よかったら覗いてやってください。

今後ともよろしくお願い致します。
C太郎
2009/12/11 23:55
お邪魔します。
同じイベントに対して、人によって違う感想を書くのが当り前ですが面白いです。

チケット忘れたのは災難でしたね。
私はチケット無くして、もう一回買ったりした経験があります。
マクガイヤー
2009/12/12 01:54
>C太郎さん
コメントありがとうございます!

お互いに励ましあいながらよりよい理屈民族になるために頑張りましょう!

これからも「これはブログだ…と思いたい。」をよろしくお願いします。

>マクガイヤーさん
コメントありがとうございます。

自分と違う部分と同じ部分を認識することにこそ喜びがあるのだと思うんですよ。
同じものを観て同じように「感動」しているはずなのに、その「感動」はそれぞれ少しずつ違っていて、少しずつ似ている。

そんな「どこが似ていて、どこが違うか」というごく単純な情報を得ることに「受け取る→考える」の初動のカギが隠されている様に思いました。

これからも「これはブログだ…と思いたい。」をよろしくお願いします。



ブログにコメントがつくというのは本当にうれしいですね。

情報を発信したらそれについてのフィードバックが欲しくなる。
当たり前なんですが、その当たり前が満たされることに「人生の意味」があるのだと思うのです。

みんな。面白いブログを読んだらコメントで「面白かったよ」と伝えてあげよう!
うたろう
2009/12/12 10:02
現在の閲覧者数:
岡田斗司夫のひとり夜話 (11/23) これはブログだ…と思いたい。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる